聴こえない世界に生きるアンヘラと、優しく寄り添う夫エクトル。二人は手話というかけがえのない言葉で、心を通わす。アンヘラは陶芸工房で働き、優しい土の匂いと仲間たちにも見守られ、静かで平穏な日々を過ごしていた。しかし、ある “幸せな出来事”を境いに、何かが少しずつ揺らぎ始める…。やがて再び“疎外の世界”に引き戻されるアンヘラ。聴こえない世界とその外側で、時々見え隠れする“本当の幸せ”をアンヘラは、つかまえることができるのだろうか…。
1994年、東京都生まれ。俳優・手話パフォーマー。生まれつき感音性難聴で、高校時代に聴覚を失う。「もっちー」の愛称で活動。自身のYouTubeチャンネル「ハピもちchannel」他、多様なフィールドで、手話を「伝達」にとどまらない芸術表現として発信している。ソロコンサート「The Voice in My HANDS」や、かんぽ生命TVCMにも出演。2021年のパラリンピック開会式では、ダンサーとして参加。また2022年放送の川口春奈、目黒蓮(Snow Man)出演テレビドラマ「silent」では手話監修・指導を担当した。
第55回ベルリン国際映画祭にて観客賞とアート・シネマ賞を、第28回スペインマラガ映画祭では観客賞ほか計3部門、第40回ゴヤ賞でも最優秀新人監督賞ほか計3部門もの受賞を果たした本作。新進気鋭監督の作品が、観る者の心を深く揺さぶり、静かなる熱狂を巻き起こした。原型となったのは、18分の短編映画『Sorda』。 各国の映画祭でノミネート、受賞をあわせ110を超える評価を獲得し、本作へと繋がった。監督を務めるのはエバ・リベルタ。劇作家、社会学者の顔も持ち、そのキャリアは本作にも多大な影響を及ぼしている。
主演のミリアム・ガルロは、ろう者の俳優で監督の実の妹。監督が「きっと私たちは、一生をかけてこの映画を準備してきた」と語るように、本作には監督と妹自身の長年の実体験が色濃く反映され、研ぎ澄まされたリアリティが宿っている。
ろう者と聴者との僅かなすれ違い、それぞれが感じる異なる疎外感、いままでの映画作品には決して無かった繊細で絶妙な演出が冴えわたる。ろう者と聴者が象徴的な主人公としながらも、母として、子として、夫婦として、そして生きる全ての人々が感じるふとした切なさ、些細な疎外感、そして必死にもがいた先の小さな幸せを見事に映し出す。がんばってがんばって懸命に日々を過ごしている全ての人に贈る、本当の幸せへの道しるべ。
聴こえない世界に生きるアンヘラと、優しく寄り添う夫エクトル。二人は手話というかけがえのない言葉で、心を通わす。アンヘラは陶芸工房で働き、優しい土の匂いと仲間たちにも見守られ、静かで平穏な日々を過ごしていた。しかし、ある “幸せな出来事”を境いに、何かが少しずつ揺らぎ始める…。やがて再び“疎外の世界”に引き戻されるアンヘラ。聴こえない世界とその外側で、時々見え隠れする“本当の幸せ”をアンヘラは、つかまえることができるのだろうか…。
透明で美しく、心が大きく動かされる
2人の名優を揃えた感動的なデビュー作
心を大いに揺さぶる感動的な映画
私たちが築いてきた“聴こえる社会”が、アンヘラのような人たちを何人も傷つけてきたのだろう。だからこそ、私たちにはきっと、できることがあるはずだ。
これはろう者だけの物語/問題ではない。
相手に気持ちが伝わらない時、それを諦めずに伝えようとする姿勢こそが「愛」だと教えてくれる。
ろう者と聴者は文化が違う。手話を学習し始めた頃にろうの先生から言われて膝を打ったことを思い出す。本作は日常生活を丁寧に描写しながらその違いを可視化し、親になる夫婦の葛藤を自分事に変換して落としどころの模索を促す秀作。
子どもを持つことは、夫婦に新たな段階をもたらす。
見えにくかった価値観の違いが鮮明に浮かび上がり、
あれほど愛し合っていたはずなのに、
少しずつ歯車が噛み合わなくなっていく。
それこそが、子育てなのだと思う。
ろう者と聴者という「ふたつの世界」のあいだで起こるそれは、
いっそうシビアで、胸が詰まるほど切実だ。
それでもこの映画の「ふたり」はけして諦めず、
互いと我が子を想い続ける。
ラストシーン、気づけばポロポロと涙がこぼれていた。
この映画は、私たち人間にとって、確かな救いだ。
聴こえないことは見えない何かを世界から消し去ることでもあるのだ。容赦なくそう気づかせる映画はしかし聴こえない世界に生きるヒロインの内側に入ることをもしてみせる。映画だからできるやり方で共に在ることをする。そうやって差し出される残酷さの裡に息づくやさしさを抱きしめたい。
「監督と主演女優、実の姉妹が作り出す厳しくも美しいドラマに胸打たれた。
『稀有な人生は稀有な作品を作る』を体現した傑作」
ちがいに傷つきながら、どうにか関係を続けようともがくふたり。
ろう者というテーマにとどまらず「少数派が感じる痛み」が丁寧に描かれている。
映画『幸せの、忘れもの。』は、自分の言葉で生きる大切さと、
周りに流されず自分を見失わない強さを教えてくれた。
ありのままの自分で人と向き合い、伝え合うことで生まれる温かさやつながりの大切さを、深く感じた作品だった。
ろう者と聴者の視点を通して“音のある世界/ない世界”を対比的に描き、日常に潜む心の葛藤やすれ違いを繊細に映し出す作品。愛するがゆえに生まれる「必要とされたい」という想いの揺らぎを、荒波や凪のある海のように表現されている。映画を観た後、多様性を隔てる“心の国境”に気づいたとき、「本当の幸せ」をそっと受け取ることになるでしょう。
ろう者と聴者のカップルが直面する事態を見るに、愛という言葉はきれいごとなのかと自問し、しかし愛がなければ何もないのだと痛感する。聞こえる世界と聞こえない世界の分断を信じない二人の姿勢は、垣根だらけの現代社会に対する巨大な希望だ。絶望と根気と勇気と愛に満ちた傑作。
ろう者の方が抱える葛藤や、言葉にならないやるせなさが率直に真摯に描かれていて、気づけば心を鷲掴みにされていました。感情の揺れがじわじわと心の奥まで伝わり、何度も息を呑みました。さらに、あの実験的でありながらも革新的なラスト15分には、ただただ驚かされました。「これこそが映画の持つ力なのか」…観終わった後もずっと余韻が残り続ける、そんな特別な一本です。
全編リアルで気付きがたくさん。“障害”なんてカテゴライズは、無数にある個性のほんのひとつに過ぎない。“健常”と思っている貴方、マジョリティとマイノリティは簡単に逆転します!! 結婚したことのあるヒトなら思うはず、これって自分の話!? 最近“幸せ”を忘れたと感じたら、スクリーンに探しに来てください。
ミリアム・ガルロはろう者のアーティストであり、マドリード・コンプルテンセ大学 で美術博士号を取得している。また、「芸術・創造・実験」の修士号と、「クリエイティブセラピー(アートセラピー専攻)」の修士号を持ち、コミュニケーションメディエーションの上級学位、さらにスペインろう者連盟による手話言語専門家養成課程も修了している。
2019年にミリアムは劇団「Cía Deconné」に参加し、『La perspectiva del suricato(原題)』に出演。2020年には、アンドレア・ディアス・ロボデーロが率いるオブジェクトシアター集団M.A.Rのプロジェクト「Silencio」に参加している。
2023年には「La Disléxica Producciones」に参加し、マリナ・コリャド・ベンナサル演出の『El Silenci de les falzies(原題)』にロラ役で出演した。
映像分野では、ラケル・アベリャンが手がけた、ろう者コミュニティに関するドキュメンタリー『El poder de las manos(原題)』に出演している。2021年、ミリアムはエバ・リベルタとヌリア・ムニョスが監督を務め、Nexusが映像製作を担当した短編映画『Sorda(原題)』に出演した。この作品で彼女は11の主演女優賞を受賞し、さらに短編映画を対象としたフガス賞およびパベス賞では主演女優賞にノミネートされている。
エバ・リベルタは脚本家、監督である。また、マドリード・コンプルテンセ大学で社会学の学位も取得している。短編映画『Sorda(原題)』は、ヌリア・ムニョス・オルティンとの共同監督作品であり、2023年のゴヤ賞 にノミネートされ、その他国内外110以上の映画祭に選出され、60以上の賞を受賞した。リベルタの映画作品の中では、ヌリア・ムニョス・オルティンと共同監督した2023年の『Mentiste, Amanda(原題)』がよく知られ、メディナ・デル・カンポ映画祭 で最優秀短編賞を受賞している。
リベルタは劇作家として、独立系の劇団やマドリード・コンプルテンセ大学、メキシコのケレタロ自治大学、メキシコの国立研究所や社会開発省などの機関に向けて、性暴力、人身売買、移民の性の権利などのテーマに関連する舞台作品を執筆・演出してきた。
主演のミリアム・ガルロは私の妹で、ろう者です。数年前、ミリアムは母親になろうと考え始めました。ミリアムと私はこのことについて色々話し合ったけど、ミリアムは「聴者による、聴者のための世界」で母親になることへの不安や期待を打ち明けてくれました。こうした対話の中からできたのが短編映画『Sorda(原題)』です。しかし、アンヘラの物語にはまだ語るべきことが多く残されているというのが私の印象でした。
今回の長編作品は、ろう者の世界と健聴者の世界との複雑なつながり方をさらに深く探求したいという思いから生まれました。そこには、出会いとすれ違い、つながりと愛もあるけれど、衝突や葛藤も存在します。それは、ミリアムの姉である私自身の人生においても本質的なテーマです。私たちはこれまでずっと二人で共に人生を歩んできたけれど、今なおその関係は形を変え続けていて、日々向き合い、取り組んでいかなければならない挑戦であり、謎でもあります。そのため、ミリアムと私は「いつの間にか、この映画を作るために人生を送っている」といつも言っています。
そこから生まれたのがエクトルというキャラクターで、彼はある意味で私自身の投影でもあります。エクトルはアンヘラを愛し、寄り添っているけれど、娘が生まれたことで自らを見失い、二人の違いから衝突が起きないように作り上げてきた「二人の世界」が壊れてしまいます。エルビラとフェデの夫婦は娘の最高の幸せを願う親だけど、娘のことを理解できず、社会におけるアンヘラのあり方や、ろう者としての生き方にとまどいを感じています。母性というテーマに深く踏み込むために、私はろう者の女性たちにインタビューを行い、妊娠、出産、育児にまつわる彼女たちの体験を話してもらいました。
この映画は聴覚障害についての論文ではありません。私はアンヘラをろう者全体の代表として考えたこともありません。アンヘラは母親になる過程を歩んでいる女性であり、パートナーとの関係に問題を抱え、両親との関係も複雑で、娘に自分のことを知ってもらい、また愛してもらいたいと願う女性です。そして何より、アンヘラはろう者です。アンヘラは世界を受け入れる準備ができているけれど、世界はアンヘラを受け入れる準備ができていないのです。